七夕-塔の上より
「おー、賑やか賑やか」
街のランドマークとなっている塔の上、眼下の賑わいに目を細める。
「飲むか?」
「もらう」
ありがとう、と礼を返し、最高導師とも大賢者とも呼ばれる昔なじみから杯を受け取る。
「星に願いを、ねぇ」
森の木々よりも高い塔の上から見上げる空は遮蔽物もなく満天の星空だ。
「お前の願い事は? デュシス」
「んー?」
願い事、ねぇ。
「星に願いをかけるような乙女ちっく要素が私にあると思うか?」
叶わない願い、叶えてはならない願いならあるけれど、口にしたところでどうなるものでも
なくて、はぐらかすと、盛大に咳き込まれた。
何だ? 『乙女ちっく』の威力か?
「んじゃ、大賢者様が長生きしますように」
「何だ、それは」
不機嫌そうにしかめられる眉。
「何って、お星様への願い事」
先刻、お前が振ったネタだろう?
「お前の仇討ちも、お前に引導渡すのも面倒くさいから、死因は自然老衰でよろしく」
ひらひらと手を振ってみせる。
「面倒くさいからヤダ、とはいわんのだな」
「いってほしいのか?」
メンドウクサイカラ、ヤダ―――指一本動かさぬと宣誓するにも等しい自分的絶対の拒否。
「いや、少し意外な気がしてな」
つきあいが長い分、こちらの性格もよく知ってるからの発言だな。
「正直、世界の命運なんてどうでもいいとは思うし、お前倒した何者かとか、ネジの飛んだ
お前相手にするとか厄介極まりないし、面倒くさいのは保証付きだよなぁ」
想像しただけでめまいがする。
「ふん、俺に勝つつもりか?」
何、さらっと俺様最強発言してるかな、大賢者様。
「まあ、なるようになるでしょ」
負けない程度にはなんとかするさ、多分。
七夕-広場にて
「ん?クリスマス混じってないか?」
庭先で始めた竹飾りはあれよあれよという間に広まり、いつの間にか街の広
場で一大イベントと化している。竹も大きな竹を新たに調達し、本格的だ。
一部、飾りに赤い長靴や、赤白ステッキが混じっているのはご愛敬か。
「短冊、書きましたか?」
「アリステラは?」
「無難なところでこの辺を…」
ぴらり、とアリステラが示した短冊には『商売繁盛』の四文字熟語が並ぶ。
「 …… 」
「? 変ですか?」
漂った沈黙にアリステラは首を傾げる。
「確かに『願い事』だけど、それ、年末年始じゃないか?」
「ああ、なるほど」
確かに、初詣や酉の市向きの願い事かもしれない。
「アリステラは欲しいモノとか、ないのか?」
ドレスが欲しいとか、宝石が欲しいとか。
「───それこそクリスマスでは?」
「───違いない」
彼氏、彼女がほしい、と短冊に書くことはあってもサンタクロースにお願い
しないのは靴下に入らないからだろうか、などと埒もないことを考える。
「ユエリャン。あなたの願い事は?」
短冊、結びましょうか? 言外にそう添えられ差し出される白い手。
「 …… 」
「 ? 」
「じ、自分で結ぶから、飛ばしてもらえるか?」
上へ、と指先で示すとアリステラは笑んで頷いた。
数歩分の距離を助走に、アリステラに向かって飛び込む。
ぴったりのタイミングで足場にした両手が上方向へのベクトルを追加する。
「たーまやー」
「怖いこといいますね、ミスター。上で弾けたらどうするんですか」
「7つに分かれて世界に飛び散った欠片。全部集めりゃメデタク復活」
「どこかでそんな話ありましたねぇ」
7つの竜珠を集めたら願い事が一つ叶う、という話だったと記憶しているけ
れど。
「その時はユエリャン探知機の準備をお願いしますね」
「探しに行くのは確定事項か?」
問いかけにアリステラは足を止めた。
「ああ、なるほど。探しにいかないっていう選択肢もあるんですねぇ」
のほほん、と微笑んではいるものの考えもしなかったというのが正解だろう。
「そもそも、お前、アレが影に過ぎないってコト、忘れているだろう?」
例えば、アレが何者かに害されるか、何らかの理由によって消滅したとして
も、本体が新たに影を紡げば、何ら変わりのない姿で現れる。アレはそういう
モノだ。
「そういうあなたも、影でない保証はないでしょう?」
返答が予想外だったのか、深く紫を重ねた黒い目が面白そうに見下ろす。
ユエリャンの旧知である彼も種族をいえば人ではない。今目の前にある人型は、
強大な力のほんの一部を気まぐれに紡いだ姿かもしれない。
「影であろうとなかろうと、目の前のあなた方が私にとっての真実ですよ」
あなた方が何であれ、目の前のあなた方が私にとってのあなた方自身。
影だから何があっても平気と割り切れるほど、許容範囲は広くない。
「もっとも…私が見ているものなんてアテにならないんですけどね」
ひょっとしたら、今この時も荒野の直中一人過去の幻影を見ているだけなの
かもしれませんから。
へらりん、と笑ったアリステラの額をデコピンが襲う。
「……痛いです、ミスター」
「よかったな。夢じゃなくて」
「またベタな手法をご存じで」
夢と現の判別方法として頬をつねってみるというのは、よく知られた方法で
はある。
「 …… 」
「? どうかしました?」
長々とこぼれた溜息に首を傾げる。
「お前の凶悪っぷりを再認識してたんだよ」
「凶悪って、人聞きの悪い」
(計算尽くならかわいげもあるが、素だから余計質が悪い)
気をつけないとハマる。ああ、すでにはまった馬鹿がいるか。
シリキレトンボ…
ユエも含めていつものじゃれ合いになだれ込むとは思いますが
七夕
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